古りゆくAwesome
GitHubには 「Awesome 〇〇」 と銘打たれたリポジトリが数多く存在し、分野ごとの優良情報を素早く把握する起点として重宝されています。
しかしながら、その多くは「更新頻度・選定基準・収集プロセス」が明示されず、数か月から一年も経つと歴史的資料と化してしまう場面も少なくありません。
特にAI領域などの進化スピードを鑑みると、従来のキュレーションは限界に迫りつつあります。
本稿では、目まぐるしく進化する分野の一つであるlipsyncモデル(音声に合わせた口パク動画の生成モデル)を例に、「今日もAwesomeなlipsyncモデル一覧」の仕組みづくりを共有します。
動機
2025年の9月頃、Nostr(分散型SNS)のオフ会のため大阪から東京へ遠征した際、四谷ラボに滞在させていただく機会がありました。
そこで偶然出会ったshinoさんと、AIの話題で意気投合。「AIを追求するなら、(四谷ラボのスポンサーである全力機械の)社長に支援をお願いしてみたら?」と背中を押され、直接交渉することに。
結果、ブログ記事を書くことを条件に、開発資金を援助していただけることになりました。
私(lkjsxc)は以前から、AIエージェント開発に強い興味を持っていました。しかし、資金不足で手を出せずにいたのが実情です。
今回の支援はまさに渡りに船でした。そこで、AIエージェントの開発への第一歩として最新のGitHubリポジトリを自動で収集・分析するツールを開発し、その成果をこの記事にまとめることにしました。
オープン・自動・LLM
このプロジェクトは3つの核によって支えられています。
これらのアプローチにより、手動キュレーションの限界を超え、常に新鮮で網羅的な情報を提供できます。
オープン
収集から判定までの全プロセスを公開し、誰でも結果を検証・再利用・改善できるようにします。
従来のAwesomeリストは「完成品」として提供されることが多く、選定基準が不明確でした。
本プロジェクトでは、GitHub APIのクエリ条件、LLMへのプロンプト、評価ロジック、判定結果の根拠まで全てを公開しています。
これにより、読者は結果だけでなくプロセスを理解し、必要に応じて自分なりの改善を加えることができます。
自動
GitHubリポジトリの収集、情報の抽出、評価、そしてリストの更新までを可能な限り自動化します。
手動でのキュレーションは時間がかかり、更新頻度も限定的になってしまいます。
本プロジェクトでは、GitHub APIを活用したリポジトリ検索、README・Dockerfileの自動解析、LLMによる評価、そしてCSV出力までを一連のパイプラインとして構築しています。
LLM
READMEやDockerfileの内容を大規模言語モデル(LLM)に解釈させることで、リポジトリの目的や実行の容易さといった情報まで評価に加えます。
LLMを用いて、そのリポジトリがlipsyncモデルの実装か判断することで、単なる関連ワードの一致ではない文脈による判断が行えます。
これにより、膨大な関連リポジトリの中から、実用的な候補を最小限の手作業で絞り込むことが可能になります。
プロジェクトの概要
本プロジェクトは、lipsync分野に特化したOSSリポジトリを自動収集、README・Dockerfile・依存情報・ライセンスなどを解析して判定し、CSVファイルを出力するものです。

収集結果だけでなく、「収集から判定に至る手順そのもの」を公開することで、再利用性・検証可能性・外部改善を担保します。
このリストは「ただのリンク集」ではありません。
基本情報
- 実行のしやすさ(Dockerで動くか)
- 動画入力のサポート状況
- 公開日時(新鮮度合い)
- ライセンス(商用可否)
- そのリポジトリがlipsyncモデルの実装であるか(単なる論文リストやカタログではないか)
分析指標
- コード品質スコア(0-10点)
- モデルアーキテクチャタイプ(GAN、Diffusion、Transformer等)
などを可視化して、新鮮な候補を素早く絞れるようにします。
オープン is Awesome
オープンにすることは素晴らしいことであり、様々なメリットが存在します。
再利用性
大元が更新を止めても、手順やロジックが公開されていれば、別の人が引き継いで発展させられます。
オープンな仕組みは他分野への応用にも利用でき、分野を越えた再利用の土台となります。
透明性
透明性は信頼性の基盤です。
本プロジェクトでは、GitHub APIの検索クエリ、LLMへのプロンプト、評価アルゴリズム、判定根拠まで全てを公開しています。
これにより、読者は結果だけでなく、その結果に至るまでの思考プロセスを理解できます。
もし結果に疑問があれば、手元で再検証することも可能です。
外部改善受け入れ
オープンソースの真の価値は、コミュニティによる継続的な改善にあります。
コードや手順を公開すれば、第三者が新しい視点で問題点を見つけ、改良案を提案できます。これにより、個人や一組織では到達しにくい水準の品質や多様性が生まれます。
また、分野や立場の異なる人々が自由に貢献できることで、技術的な進化だけでなく、利用目的の広がりや倫理的な検討も促進されます。
オープンであることは、単に「誰でも見られる」状態ではなく、「誰でも良くできる」状態を作ることに他なりません。
閉鎖型調査の回避
多くの商用サービスや研究機関が提供するランキングや評価は、その内部ロジックが非公開であることが多く、結果の妥当性を検証することが困難です。
全ての評価プロセスを公開することで、この問題を根本的に解決できます。
評価結果だけでなく、その根拠となるロジックを確認できるようにすることで、結果の信頼性を自身で判断できます。
みんなにとってAwesome
開発者:「すぐに動く」候補を見つけられる。
開発者が新しい技術を試す際の最大の障壁は、実装の複雑さと環境構築の困難さです。
Dockerサポートの有無や実行の容易さを明確に評価しているため、すぐに動作確認できる実装を素早く特定できます。
企画・PM:トレンドが分かり、導入判断がしやすくなる。
プロダクトマネージャーや企画担当者にとって、新技術の導入判断は常にリスクを伴う重要な決断です。
各リポジトリの公開日時や更新頻度、コミュニティの活発さなどから、技術の成熟度や将来性を把握できます。
また、商用利用可能なライセンスを持つ実装の一覧により、法的な制約を考慮した技術選定が可能になります。
法務:ライセンス一覧はプロジェクト採用の前提情報になる。
法務部門にとって、オープンソースソフトウェアのライセンス管理は重要な業務の一つです。
出力結果のライセンス情報を参照することで、商用利用の可否、派生作品の配布制限、特許条項の有無などが一目で確認できます。
これにより、プロジェクト開始前の段階で法的なリスクを事前に評価し、適切なライセンスを持つ実装のみを候補に絞り込むことができます。
クリエイター
クリエイターにとって、技術的な実装の詳細よりも「実際に使えるかどうか」が最も重要な判断基準です。
本プロジェクトでは、各リポジトリの実行の容易さや実用性を明確に評価しているため、技術的な知識がなくても適切なツールを選択できます。
また、動画入力のサポート状況により、自分の制作環境や品質要件に合った実装を素早く特定できます。
法務・倫理的配慮
LLMによる自動判定は補助的なものであると捉える必要があります。(現状ではまだ)LLMを用いた推定には人間の精査が必要であり、特に商用利用時はライセンスに注意してください。
今後の展望
全自動でWebサイトを更新
収集から判定までの一連のパイプラインを完全に自動化し、その結果をWebサイト上に自動反映させる仕組みを構築します。
これにより、ユーザーは常に最新の情報を、PCやスマートフォンなどあらゆる端末からリアルタイムで閲覧できるようになります。
各分野への拡張
本プロジェクトで構築したパイプラインは、lipsync分野に特化したものですが、その基本的な考え方は他分野にも応用可能です。
共通の仕組み(GitHub APIによる収集・LLMによる文脈理解・自動評価ロジック)をベースにしつつ、評価基準を拡張することで、より精度の高いキュレーションを継続的に提供できます。
将来的には、「分野横断的なAwesomeリポジトリ」を構築し、開発の全体像を俯瞰できるような基盤へと発展させたいと考えています。
自動ベンチマーク
小さなサンプル入力を各モデルに流し、品質指標を自動計測する実験環境の構築します。
現在の評価は主にコードの品質や実装の完成度に基づいていますが、実際の性能は実行してみないと分からない部分があります。
自動ベンチマークシステムにより、標準化されたテストデータを使用して各モデルの性能を客観的に比較できるようになります。
代表的な音声・動画サンプルを用意し、各実装に同じ入力データを流して出力品質を測定します。
リポジトリ
開発効率を考慮し、今回はTypeScriptを採用し、Cursorに実装を依頼しました。
本稿で作ったリポジトリ・収集データはオープンにしてあります。興味がある方はぜひ覗いてください。
また、スプレッドシートからも出力結果を閲覧できます。
lipsync-investigation - Google スプレッドシート
最後に
情報の収集・評価・公開プロセス自体をオープンかつ自動にすることは、「昨日のAwesome」がそのまま「今日のAwesome」であり続けるための、一つの解であると言えるでしょう。